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緻密な構成で描かれる人間と芸術の断ち切れない力とつながり――清水 ... - カドブン

謎の絵画に秘められた、戦時を生きた女たちの過去。
清水裕貴『海は地下室に眠る』

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清水裕貴『海は地下室に眠る



緻密な構成で描かれる人間と芸術の断ち切れない力とつながり

書評:宇田川拓也(ときわ書房本店)

 ひとや物の思いもしなかったつながりを発見し、その偶然や奇蹟に驚きと高揚感を覚えたことはないだろうか。こうした経験を二度三度と重ねると、いま目にしている日常の景色にも見えないつながりが無数に張り巡らされ、その膨大な接点の連なりの上に自分がかろうじて存在しているような気持ちになってくる。
 「女による女のためのR-18文学賞」大賞を射止めてキャリアをスタートさせた小説家にして、写真家としても活躍する清水裕貴の初長編『海は地下室に眠る』は、戦時中から現代にまたがる、そうした“思いもしなかったつながり”の数々を手掛かりに、謎めいた絵画の真相に迫っていく作品だ。
 二〇一八年八月、千葉市美術館の学芸員である松本ひかりは、稲毛区にある市民ギャラリーに足を運ぶ。そこは浅草の神谷バーや牛久シャトーの創設者として知られる明治の実業家――神谷伝兵衛の別荘を利用した施設で、ひかりはこの伝兵衛邸の管理人を務める老婦人から、地下室で作者不明の大きな絵が発見されたことを教えられる。懐中電灯を手に案内されると、ひとの背丈ほどもあるキャンバスには赤いドレスをまとった大正か昭和初期の上流階級らしき日本人女性が画面いっぱいに描かれていた。たちまち魅せられ、かつてないほど情動を揺さぶられたひかりは、この謎の絵を調べてみようと決意する。
 日が変わり、ひかりは先輩学芸員の橋田から新しい企画展の手伝いを求められる。新人作家に所蔵作品からイメージを膨らませた作品を作ってもらい、一緒に展示する、いわば新旧アートのコラボといった内容だった。人選を任されたひかりは、伝兵衛邸から歩いて五分ほどにある屋敷、ラストエンペラーとして知られる愛新覚羅溥儀の弟――溥傑が日本人の妻と新婚時代を過ごした「愛新覚羅溥傑仮寓」に赴く。そこで映像作家の黒砂和明と顔を合わせ、企画への参加を依頼するが、その際、黒砂が『蓮池物語』と題された1冊の本を置き忘れてしまい、預かることに。“蓮池”とは、かつて千葉市にあった花街の名で、その本は当時を知るひとびとのインタビューをまとめた古い自費出版物だった。ページを開いたひかりは、そこに美容師だった祖母の語りが収められていることを知る。
 ここから物語には、一九三六年二月から始まる“髪結いの玉子”のエピソードが加わり、これまで耳にする機会がなかった若い頃の祖母の日常をひかりが知ることになるのだが、まず本作の美点のひとつとして、この過去パートを挙げたい。活気ある花街で美容師として生きる玉子、芸妓のぽん太姐さん、玉子の窮地を救った“男装の麗人”といった女性たちが親交を重ねていく活き活きとした姿を筆頭に、往時の情景がなんとも鮮やかに描かれている。
 また、稲毛の郷土文化、人物、芸術、戦争、海、さらには宮廷幻想譚のごときミステリアスなプロローグに至るまで、虚実取り混ぜた様々なつながりを幾筋もの糸のようにして大きな物語を織り上げていく緻密な構成にも目を奪われた。ミステリ作品のように、いくつもの伏線がつぎつぎと回収されていく物語がお好みの向きにも、本作は大いに歓迎されるだろう。
 そしてなんといっても本作の白眉は、長い時間と大きな喪失や困難にも耐えて未来につながる、人間と芸術が秘めている底力を教えてくれることだ。ひかりと玉子は、それぞれコロナ禍と戦争という世界規模で起こった災厄に見舞われる。けれど、生きて前に進むこと、表現すること、その表現を遺して守ることから、決して断ち切ることのできない力とつながりが生み出され、そのさらに先へと受け継がれていく。ラストシーンは、そんな人間と芸術が繰り返してきたこれまでとこれからを祝福するようにまぶしく、ページを閉じてなお忘れがたい。
 最後に、千葉県の本屋の店員である筆者から、本作を読み終えたのち、ぜひ舞台となった千葉市に足を運んでみることをオススメしておきたい。美術館、伝兵衛邸、愛新覚羅溥傑仮寓、稲毛海岸など、物語を再読するような有意義な散策をお愉しみいただけるはずだ。

作品紹介・あらすじ



海は地下室に眠る
著者 清水 裕貴
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2023年1月30日
判型:四六判
商品形態:単行本
ページ数:272
ISBN:9784041125267

謎の絵画に秘められた、戦時を生きた女たちの過去。
稲毛海岸近くの古い洋館・伝兵衛邸の地下から、正体不明の絵画が発見された。ドレスを翻し踊る女を描いたその絵は、過去にこの地域で流行っていた“見てはいけない絵”の怪談を思い出させるという。
学芸員のひかりは、絵について調べようとしていたところに映像作家の黒砂からある資料を預かる。千葉一の花街として栄えた蓮池にまつわるインタビューを集めたその資料では、ひかりの祖母が“流転の王妃”として知られる嵯峨浩との戦前戦中期の交流について語っていた。
地下室の絵画と祖母の過去、そして“見てはいけない絵”の怪談。欠片をひとつずつ紐解くと、運命に翻弄された女たちの秘められた過去が明らかになる――。
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